ご相談についてご説明いたします。

相談について

●医療過誤の問題

Q

長男が胃癌のため21歳という若さで亡くなってしまいました。
長男は、少し神経質なところがありまして、よく腹が痛いといって近くのかかりつけの診療所に通院していました。そして、2年程前に、レントゲン検査の結果、胃潰瘍と診断されました。医者の話では、大したことはないので薬で治るとのことで、それ以来、定期的に通院して薬をもらって飲んでいたのですが、その後もよく胃が重いとか痛いとか言ってなかなか良くなりませんでした。
それで、知人に相談したところ、医者を紹介するのでその先生に診てもらったらどうかと言われ、その病院に連れて行って精密検査を受けさせたのです。
そうしたら、胃癌の疑いがあるということで、緊急入院となり直ちに手術ということになってしまいました。手術の結果、長男はかなり進行した胃癌で既に手遅れの状態とのことで、結局、その後3ヶ月程で長男は亡くなってしまったのです。

私としては、長男は2年程前から胃潰瘍ということで診療所に定期的に通院していたのだから、診療所の方でもっと早く発見できたはずで、胃癌の見落としではないかと思っています。診療所のやぶ医者のせいで長男が癌で死んだということで、私は怒って電話をしたのですが、医者は、癌の見落としではないし、癌を疑うような所見もなかったと言って自分には落ち度はないとの一点ばりで、すぐに電話を切られてしまいました。何となくやり切れない思いで、すっきりしません。
どうしたらいいでしょうか。

A

癌の治療については、医学はめざましい進歩を遂げ、特にその中でも胃癌は早く発見されやすいということもあって、胃の一部を切り取ったりして助かる確率も非常に高いといわれています。そういう意味で今日では、発見さえ早ければ胃癌は治る病だとさえ言われています。

さて、ご相談の件ですが、2年程前から胃潰瘍で治療を受けていたけれど、実際にはかなり進行した胃癌で亡くなってしまったということですから、胃潰瘍と診断された際に既に胃癌を疑うべきではなかったのか、仮にそうでないとしても、その後の通院治療の経過の中で、癌を疑うべき症状がなかったか否か、そして、癌を疑ってレントゲン検査やその他の精密検査等を実施すべきではなかったのか否かといったことが問題となります。つまり、もっと早く癌を発見できたのではないかということです。
もう少し詳しく聞かないとはっきりしませんが、おそらく通院中も、胃が重いとか腹が痛いとか訴えて、お医者さんにも相談していたと思われますので、それにもかかわらず漫然と胃潰瘍の薬を投与していただけで、その他の原因については何ら疑わなかったというのはおかしいと思います。
実際、胃潰瘍で投薬治療を受けながらも、その間にも時々胃の膨満感を訴えたり、上腹部痛を訴えていたというケースで、他の原因を疑わずレントゲン検査もしなかったということで、医者の過失を認めた判例があります (福岡地裁小倉支部昭和58年2月7日判決等)。

もっとも、このケースで難しい問題は、発見が早ければ本当に助かっていたと言えるかどうか、という点です。つまり、気付いた時には既にかなり進行した癌で、治癒するには手遅れであるとしても、それなら遡って、いつの時点であれば癌を切り取って治癒できたのか、そして更に、その時点で癌を疑うような症状があったのか否かということが問題となるのです。
癌の種類や進行の程度で、ある程度の予測はできるかもしれませんが、しかし、いつの時点で癌ができていたのかを確定することは極めて困難です。

仮に、ある時点で癌を疑うべき症状があって、その時点で適切な検査をしていれば癌が発見され、その時点であれば、進行程度も比較的初期の段階で、切除により助かったと判断されれば、医師の落ち度がなければ、死亡の結果を免れたはずであり、従って、死亡するに至らせたことについての損害賠償請求が可能です。逆に、このような判断が難しいということになりますと、助かっていたかどうかまでは不明であるけれど、場合によっては延命の可能性を奪われたという意味での慰謝料請求だけは認められるかもしれないということになります。
後者の場合の慰謝料は、これまでの判例によれば、200万円から500万円程度と大変低い金額しか認められていません。引用した判例のケースも、延命可能性を奪ったとして慰謝料として300万円(但し、昭和58年当時)を認めたにすぎません。
そういう意味では、いつ頃から、どのような症状に悩んでいたのか、そうした症状については正確に医者に説明していたか、また、医者からどのような問診を受けて、どのように答えていたかということが大変重要になってきます。それによっては、かなり早く癌を発見することができ、従って、何とか救命できたという推測が可能になってくるからです。

さて、判例等では、癌の発見を見落としたケースがしばしば見受けられます。実際に私が担当したケースでも、大腸がんのケースでしたが、レントゲン写真にがんの影が写っているのに見落とされて、結局は、発見が遅れて死亡してしまったというケースがありました。
ややもするとコート(糞)と見間違うかのような、うっすらとキノコ状の影が大腸に写っていたのですが、確かに、かなりの数のレントゲン写真を僅かな時間で何枚もチェックするという態勢では、見落としも多分にあり得るなと思いました。だからこそ、集団検診でのレントゲン写真の見落としなどというのは、ある意味では当然でして、むしろ運良く発見されたと言った方が正確なくらいです。
ともかく、このような見落としの場合には、レントゲン写真によって癌の大きさもある程度わかりますので、見落としがなければ助かっていたかどうかという判断は比較的容易です。また、癌を疑うべきであったのに、胃潰瘍と誤診したり(東京地裁昭和58年1月24日判決・宇都宮地裁足利支部昭和57年2月25日判決)、胆のう癌を胆石と誤診したり(東京地裁昭和51年2月9日判決)、悪性脳腫瘍を良性と誤診したケース(東京地裁昭和56年12月21日判決)や、新しいものでは、人間ドックで癌の疑いと診断しながら精密検査も行わず、他の医療機関での受診も指導しなかった医者の過失を認めたケース(静岡地裁沼津支部平成2年12月19日判決)、肝硬変の患者で定期的に行うべき検査を怠って肝細胞癌の発見が遅れ事例で延命利益が認められたケース(大阪地裁平成4年1月29日判決)、乳癌を疑うべきであったのに見落としたケース(東京地裁平成7年3月24日判決)、スキルス胃癌を入院治療中であったにもかかわらず発見できなかったケース(広島地裁平成7年12月5日)等数多くの判例があります。
取り敢えず、医療過誤事件を扱っている弁護士に相談してみてはどうでしょうか。
その場合には、なるべく詳しい事実経過と診察カードないしは診断書等を持参して、医者の説明内容や対応等についてもよく説明して下さい。

ところで気になるのは、こうした場合の費用ですね。気になったら、事前に担当の弁護士に聞くのが一番ですが(実は、弁護士に対してでも医者に対してでも、これが一番大事なことです)、通常は、このようなケースの場合には、証拠保全の手続をとり、その上で、カルテやレントゲン写真等の記録を検討して、場合によっては協力医師の意見を伺いながら、医療過誤と認められるか否か、訴訟しても勝てるかどうかを検討します。
そして、証拠保全の手続費用については、名古屋では概ね30万円程度の費用が必要です。その他に、協力医師の意見を聞いたり、意見書又は鑑定書を作成してもらったりすると、そういった費用が必要になることがあります。検討の結果、医療過誤の疑いありということになれば、損害賠償を求めて示談交渉に入ります。この示談交渉に入る場合には、別に費用を請求される弁護士もいます。示談交渉により、医者の側からは、責任なしとの回答や、有責とのことで示談に応じるという回答がなされ、後者の場合には賠償金額についての協議に入りますが、前者の責任なしとの回答の場合には、訴訟提起するか否かを再度検討するのが通常でしょう。
そして、訴訟提起ということになれば、改めて、費用について確認する必要があります。仮に3000万円の損害賠償請求を求めることになれば、裁判所に納める費用だけでも印紙代や郵券代として約14万円程が必要です。また、弁護士費用としても、医療過誤訴訟では、解決するまでに3年(早い方です)から5年(多くはこの程度かかります)とかかる場合が多く、事件の内容によってはかなり多額になることがあります。その上、裁判中に鑑定が必要となることが多く、この場合には鑑定費用として約60万円から80万円を見込んでおく必要があります。
従って、何だかんだいって、訴訟となると、3000万円の損害賠償を求めるというケースでも弁護士の費用や鑑定費用も含めて総額で約140万円くらいはかかることになります(もっとも、弁護士費用には着手金と報酬の両者があり、3000万円の損害賠償請求事件の着手金は規定では標準額が159万円とされていますが)。

それで勝てればいいですけど、負けたら大出費。そのため、証拠保全を通しての事前の検討が大変重要になってくるのです。勝てたら、当然、報酬ですね。もし3000万円の請求が認められたら、標準額は318万円です。医療過誤事件の場合は、難事件という場合もありますので、上限としては413万円まで認められています。

なお、東京の例ですが、証拠保全とその検討というだけで、極めて高額な費用が請求された例を聞いていますので、ご用心を。

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